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転生したらスライムだった件を中心に、ドラクエ、エターナル・ラブ三生三世のコメント、感想など吐きます。
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2013-08-03 (土) | 編集 |
楡家の人びとを読んで見たいと思ったのは、北杜夫が斎藤茂吉の息子だと知ったからです。斎藤茂吉は精神病医学者として有名で、何冊かその系統の本を読んで興味を持っていました。斎藤一家をモデルにした作品はそんな私の好奇心を十分に満たしました。

北杜夫自身も患者として作中にちょいと出てきます、断言はしませんが恐らくそうだと思います。何時だったかテレビで北杜夫自伝のドラマを放送したのを見て、彼が極度の躁鬱病だったと告白していました。しかし病気を治そうとせず病を楽しんでいたそうです。それを知って益々興味を持った次第です。

楡家の繁栄から没落までを大正時代から終戦までの時代背景で描いている。庶民にとっては羨ましい一家に思えたが、そこで暮らす家族は必ずしも幸せばかりでなく、嫉妬や僻み、失望、緊張などがあり、改めてどこも似たような面があるんだなと感じました。

関東大震災にあい、軽井沢から青山まで歩いて帰る場面があります。『風立ちぬ』とほぼ同じシーンです。朝鮮人暴動のデマも同じです。あの震災の時は略奪、暴動が少なからずあったようですから虐げられていた者がこの時憂さを晴らすと思っても不思議はなかったでしょう。日頃の良き付き合いが何より大切ですね。

戦争の悲惨さも描かれています。俊一が南の島で食糧難に苦しみ餓死寸前まで追い込まれる場面はまるで生き地獄です。飽食の日本に住んでる今の人々には想像すらできないでしょう。何しろネズミすら取り切って、いないのです。戦争は人間の尊厳ばかりでなく、全てを奪い去ります。一部のエゴの塊の人によって戦争を強いられるのです。それは歴史が物語っています。

戦争のできる憲法改正など拒否します。いろいろ考えさせてくれる小説でした。
下記にあらすじなどをWIKIから抜粋しております。


WIKIより
楡家の人びと
ポータル 文学
『楡家の人びと』(にれけのひとびと)は、北杜夫作の長編小説。雑誌『新潮』に1962年(昭和37年)1月 - 12月にかけて第一部が、1963年(昭和38年)9月 - 1964年(昭和39年)3月にかけて第二部「残された人々」がそれぞれ連載、1964年4月『楡家の人びと』として新潮社より出版された。作者が尊敬するドイツの作家トーマス・マンの長編『ブッデンブローク家の人々』の影響を受け、自身の家族をモデルに大正、昭和戦前期にわたる精神科医一家を描いている。
目次
1 あらすじ
2 概説
3 作品の価値
4 主な登場人物
5 脚注
6 参考資料
7 関連項目
あらすじ
大正初め、東京青山に西洋の御殿のような精神病院「帝国脳病院」が聳えていた。そこを舞台に、院長の楡基一郎、その妻ひさ、勝気な長女龍子、学究肌の夫徹吉、などの一家とそれを取り巻く人々が織りなす人間模様。初め、虚栄に満ちた華やかな生活を送る楡家の一族であったが、基一郎の議員落選、二女聖子の出奔が続き、震災直後の病院の焼失と基一郎の急死を経て、昭和の動乱期に入ると、楡家は、ゆるやかだが確実に没落の一途をたどっていく。
概説
3部構成で、大正初めの全盛期から病院焼失を経て、1926年(大正15年)の基一郎の死までを第一部、昭和初め、病院復興を背景に徹吉院長と龍子夫妻の軋轢を中心とし、1941年(昭和16年)12月8日の太平洋戦争開戦までを第二部、戦中から空襲による病院の再度の焼失、そして没落という終戦後までを第三部としている。
北杜夫は、父斎藤茂吉、祖父斎藤紀一へとつらなる生家の変遷を小説にすることを長年の課題とし、既に大学時代から「神尾家の人びと」という仮題で構想を練っていた。そして、「私は漠然と、それを書く時期を四十代と思っていたが、急に予定を繰り上げることになったのは、自分の健康に自信を失ったためと、昔の事を知っている人たちがぼつぼつ死にはじめたからである」とあるように、1961年(昭和36年)の夏に創作に取り掛かり、親類縁者からの聞き取りや父茂吉の日記、随筆、メモ類、大正年間の新聞などの資料をもとに執筆を開始している。
作品の価値
三島由紀夫は、「戦後に書かれたもつとも重要な小説の一つである。この小説の出現によつて、日本文学は、真に市民的な作品をはじめて持ち」「これほど巨大で、しかも不健全な観念性を見事に脱却した小説を、今までわれわれは夢想することも出来なかつた」[1]と称賛している。時代に翻弄される市民の姿を淡々とした筆遣いで描き、近代文学最初の市民小説として高く評価される。
発表後、1964年(昭和39年)11月には第18回毎日出版文化賞を受賞。さらには1965年にTBSで、1972年4~6月にはNHK「銀河テレビ小説」第1作としてそれぞれテレビドラマ化されるなど、北杜夫の代表作となった。
主な登場人物
楡基一郎 - 第一部の主人公。「帝国脳病院」院長。山形の片田舎から出て一代で巨大な病院を作る。再建途上に急死。作者の祖父・斎藤紀一がモデル。
楡ひさ - 基一郎の妻。寡黙だが、病院の実権を握っている。作者の祖母・斎藤ひさがモデル。
楡龍子 - 基一郎の長女。男勝りの性格で、基一郎没後の病院再建を目指す。作者の母・斎藤輝子がモデル。
楡徹吉 - 基一郎の養子で龍子の夫。2代目院長となるが、医学の研究に生きがいを求めている。作者の父・斎藤茂吉がモデル。ただし文学者としての要素は意識的に排除されている。
楡聖子 - 基一郎の次女。美貌だが、父に背き家を出で恋人のもとに走り、貧窮の中、悲惨な死を遂げる
楡桃子 - 基一郎の三女。お転婆で、基一郎により意に沿わぬ結婚をさせられたため、楡家の偽善性に反感を持っている。
楡欧州 - 基一郎の長男。ずぼらな性格で父の後を継いで医者となるも、医業よりも趣味の世界に耽溺する。作者の叔父・斎藤西洋がモデル。
楡米国 - 基一郎の二男。腺病質で病気には強迫観念を持っている。日中戦争で消息不明となる。作者の叔父・斎藤米国がモデル。
楡辰次 - 基一郎の養子。後関取「蔵王山」。戦前期の力士出羽ヶ嶽文治郎 がモデル。
楡峻一 - 徹吉の長男。出征し、命からがら復員する。作者の兄・斎藤茂太がモデル。
楡藍子 - 徹吉の長女。兄の友人・城木の恋人。城木の戦死後、性格が一変して暗くなり、戦災で顔に火傷を負う羽目になる。
楡周二 - 徹吉の二男。作者自身がモデル。
楡四郎 - 桃子の夫。旧姓高柳。有能な外科医として養子になるが、徹吉と衝突し、不遇のうちに腹膜炎で急逝する。
楡聡 - 桃子と四郎との子。桃子に溺愛されるが、夭折する。
勝俣秀吉 - 病院の事務長で痩身の小男。「院長代理」の役職名を持つ。「院代先生」と呼ばれる。
下田ナオ - 「下田の婆や」子供たちに献身的に仕える。
佐久間熊五郎 - 書生。厚かましい性格で、米国の子分となり農園を作ったり、勝手に「楡熊五郎」と自称する。出征してソ連軍の捕虜となり消息不明。
城木建紀 - 峻一の友人。藍子と恋仲になるが、海軍に出征後、太平洋上で戦死。
大石 - 小心な病院の会計係。
伊助 - 病院の賄い担当。「伊助じいさん」と呼ばれ、辰次の面倒をみる。「日本一の飯を炊く」と基一郎の自慢の種である。
ビリケン - 患者。独特の口調で新聞を朗読する癖がある。病院の火災で焼死。
三瓶城吉 - 徹吉の弟。大酒飲みで山形弁丸出しで喋る。
青雲堂 - 本名は高田。始基一郎の病院で働いていたが、病院近くの文房具店の主人となる。
脚注
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^ 三島由紀夫(『楡家の人びと』の函)(新潮社、1964年)
参考資料
別冊新評「北杜夫の世界」1975年 新評社
関連項目
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