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転生したらスライムだった件を中心に、ドラクエ、エターナル・ラブ三生三世のコメント、感想など吐きます。
2012-04-02 (月) | 編集 |
小松左京原作 果しなき流れの果に

果てしなき

言わずと知れた、小松左京の長編SF小説。

1965年に『SFマガジン』に掲載後、単行本として出版、文庫化された。

非常に壮大な規模を持つ時間テーマのSF珠玉の一冊と言っても過言でない。

小松左京研究会より以下のあらすじは引用しました。
【あらすじ】 小松左京研究会より引用
N大理論物理学研究所の大泉研究室に、K大の番匠谷教授が奇妙な物体を持ち込んだ。
いつまでも砂の落ち続ける、不思議な砂時計を。
大泉教授の助手、野々村は、番匠谷教授とともに、砂時計の発掘された葛城山の古墳に向かった。
だが、古墳の調査を行ったときから、野々村をふくめ、関係者は次々と失踪し、あるいは死んでしまう。
 野々村の恋人である佐世子は、ひとり彼を待ち続ける。いつか年老いた佐世子は、
旅の老人とともに暮らすようになるが、やがて二人も死んで、事件は終了する。

だが、時は果ても知らず、流れさっていくのだった。

25世紀。軌道エレベータ上にある超科学研究所で、古ぼけたTVセットの研究が行われていた。
亡霊が現われ、未来から干渉してくる2つの勢力について警告するのだ。
が、亡霊の名がバンショウヤ・タカノリであることを知った工作員に資料衛星を破壊され、
研究は長く滞ることになる。

時空を越える進化管理機構の超意識体、アイは、超科学研究所の破壊からもどり、
第26空間の「収穫」に向かう。全宇宙に存在する全ての「意識」は、この管理機構によって育てられ、
あるいは断種されるのだ。
 第26空間に存在する地球は、太陽の異常で、いましも終焉を迎えようとしていた。
「宇宙人」を装ったアイたち「審判者」は、破滅に瀕した太陽系から多くの地球人たちを円盤でつれ去る。
超能力を持つ人間を選別し、進化の階梯を進ませるのだ。
 だが、管理機構に敵対するグループがいた。
あらゆる変化のベクトルに対する抵抗力が形象化された存在である、
“ルキッフ”をリーダーとした反逆者たちである。管理機構から逃れた野々村も、その一人となっていた。
彼らは、「収穫」のどさくさにまぎれて多くの人材を味方に引き入れる。

第26空間から超越者に選別された人々の一部は、別の時空間の火星にあるシトニウス基地に移される。
その一人である松浦は、基地が反逆者の襲撃によって崩壊したとき、超意識体アイにその意識を吸収される。
 松浦を吸収したアイ・マツラは、反逆者たちを追跡し、次々と捕らえていく。 
ルキッフが後継者に指名した野々村は、超越者のニューヨーク支部を襲撃した後、円盤に攻撃され、
白亜紀の地球にはじき飛ばされるが、時間機を修理し、未来に向かうのだった。

 一方、アイ・マツラは、自分でも理解できないほどの異常な執念で野々村を追う。
地殻変動で海中に没した日本からの難民の末裔が移民したアルファ・ケンタウリⅣまで出向くが、
彼を発見できない。全宇宙のすべての可能性の結節点に網を張ったアイは、
白亜紀の地球で野々村の足跡を見つけ、追跡する。
 紀元前2世紀、7世紀、15世紀、と追跡は続いた。だが、同志に助けられ、野々村は未来へ逃れる。
 45世紀。鯨座第5惑星で超越者たちに追いつめられた野々村は、3台の時間機のエネルギーを、
一台に集中するという自殺的方法によって脱出を図るが、恐ろしい速度で超空間につっこみ、
意識だけの存在となる。

全宇宙の進化管理を認識できる場にたどりついた野々村は、追いついたアイ・マツラに吸収される。
そのとき、アイの中に存在する松浦と野々村の意識が激しく共鳴し始め、アイは、初めて、
自分がなぜ野々村にひかれたのかを知る。
当人同志は知らなかったが、野々村は、松浦の子供なのだった。
 二人の共鳴に、アイ自身の秩序が共振を起こし、アイは超空間に直行する方向に上昇を始める。
階梯概念に逆らい、果てしなき流れの果てにあるものを求めて、アイは、問いを高みに投げ上げる。
 超意識は?、超意識体は?、進化管理の意味は?、階梯とは何か?
 アイは、自分の属する大宇宙が、超空間において逆行宇宙として認識される、
もう一つの別の宇宙とともに、新しい可能性をはらんだ第3の宇宙を生み出しつつある姿をかいまみるが、
力つきて超意識体としての秩序を保てなくなってしまう。

そして、2016年、スイス、ベルンの国立病院で、50年の間眠り続けた謎の遭難者が目覚める。
すべての記憶をなくしていた彼は、自らの帰属する場所を求めて世界をさまよううち、
野々村を待ち続ける佐世子のもとに身を落ちつける。 
今は老齢の身となった佐世子にせがまれ、彼は、おぼろな夢の記憶を話し出すのだった。
「それは長い長い……夢のような

【感想】
これを最初に読んだのが仕事の忙しさに忙殺されてたころで何のために仕事をしてるのか、

疑問を持っていた時期でした。当時青森の彼女とは遠距離交際で中々時間もとれず、

仕事に、交際に悩んでいました。いわゆるどちらを取るかまで考えてたじきだったのです。

この野々村に自分を投影し、佐世子に彼女を置き換えて読んでいました。

自分の仕事を野々村の抵抗勢力の活動と照らし合わせ投影していたのです。

そしていつしか自分が安住の地を見つけるのは、仕事にすべてを捧げた後ではないか、

そんな途方もないことを考えていた時期があったのだなと、感慨深けに読み返しました。

小松左京の一大叙事詩であります。

切なく涙する読者も多い筈、お勧めです。

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