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転生したらスライムだった件を中心に、ドラクエ、エターナル・ラブ三生三世のコメント、感想など吐きます。
2012-01-07 (土) | 編集 |
父の具合が良くないことは判っていたが心配ないといっていたので安心していた。

まさか亡くなったから明日通夜をやるなんて電話は寝耳に水です。

死に目にも会えないとはつくづく親不孝のいたりです。

明日田舎に帰らなければ。

お袋は亡くなって久しい。親父はお袋が臥せって亡くなるまで、それまでの行いを

償うが如く一生懸命看病に明け暮れた。あの姿は今でも忘れない。(涙)

親父とお袋はまったく正反対の性格だった、と思っていた。

しかし今思えばそうではなかったようだ。喧嘩をしょっちゅうしてたので

子供だった私には仲が悪い両親と写っていたが似た者同士だったのだ。

今私はそれを反面教師として夫婦喧嘩をほとんどしない。

子供への影響が大きすぎるからだ。

お袋は年上の姉さん女房だった。

だから親父は子供扱いされると我慢できずに喧嘩になった。

私はそれを見て育ったので妻は年下と決めていた。

まさか10近くも離れるとは思ってもいなかったが実際そうなった。

お陰さまで喧嘩にならない。

親父とは親子離れが自然にできなかったせいで色々確執ができたままだった。

もう後の祭りだ。親父安らかに眠ってくれ、決して尊敬してなかった

わけじゃないんだよ。親父だけにはどうしても素直になれなかった。

ここまで真っ当に生きてこられたのは何を隠そう親父のDNAのお陰なんだ。

そしてお袋の子に対する慈愛が道を踏み外さずこれたのだ。

両親に合掌。