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転生したらスライムだった件を中心に、ドラクエ、エターナル・ラブ三生三世のコメント、感想など吐きます。
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2014-08-03 (日) | 編集 |
       時生
時生はグレゴリウス症候群を発症し死に直面していた。
グレゴリウス症候群とは1970年代初期にドイツの学者によって
発見された遺伝病。(実際には実在しない病名らしい。
ドラマ上の病気ということではないか?)
脳神経が次々に死滅して行き運動機能が失われ、寝たきりが
2、3年続いた後死に至る。

母親麗子にその遺伝病があり、女に発症する確率は極めて低いが
男の場合、殆ど18歳位で病死するという不治の病である。

そんな理由で子供を持つ事を拒んでいた麗子であるが
夫拓美の希望と愛の深さにほだされ、娘の可能性もあるからと
子供を持つ事になった。

しかし生まれてきた子は意に反し男の子であった。
そしてついに運命の年がやってきて今正に最後の時を迎えようとしていた。

2004年にNHK連続ドラマで放送したらしい。
宮本拓美・時生の父親に国分太一(TOKIO)、時生に櫻井翔(嵐)
レンタル落ちしている可能性があるので、見たい人はTUTAYAへ
問い合わせすれば借りられると思う。
あそこは品数が豊富で大体が手に入る。(笑)
         トキオ

病室で涙する麗子へ拓美は意外な言葉を口にした。
「俺が若いときトキオに会ったような気がする。」
今思い出したように拓美は訥々と話はじめた・・・

そして初めて会った浅草の「花やしき」へ舞台が移る。
1979年拓美は若くキャッチセールスをしていた半端者だった。
恋人千鶴とは半分ひものような関係でよく金をせびっていた。

産みの母親はある事情から拓美を手放さざるをえなかった。
理由はどうあれ自分を捨てた母親を拓美は恨んでいた。

育ての親の宮本夫妻のもとも飛び出しゴロツキ同然の所に
遠い親戚だと言って「トキオ」がやってきた。

これは息子から父への伝言である。
だから強く感情移入し、頷き、共感し、腹も立ち、胸を詰まらせ、
時に目頭を潤ませ、嗚咽し、後悔の念にかられ、
最後は暖かく見守り未来へ託せるような気持ちになれたのだと思う。
「時生」は私にとってそんな作品でした。
二度読み、一度見た作品でとても心に残っています。

トキオは拓美と一緒に行動し、時に助言し喧嘩もするが
根底では父親と共に生きてる事に感謝しているのです。
どうしようもない駄目な父親を一生懸命側でサポートする
姿に羨ましい思いで一杯になります。

千鶴の失踪、産みの母親との確執、出生の秘密。
トキオの必死のサポートを通してひとつひとつ解決していく。
拓美の凝り固まっていた心も徐々に解れていく。

しかしトキオの1979年の体は借り物。
過去が変わってもどうしても最後にやらなければと
拓美と同乗したバスを降り、バイクに跨がり
赤い車に乗った女達の後を追うのであった。

拓美にあの女を知っているのかと聞かれると、
「まだ知らないが後に知る事になる」と意味深な言葉を残し
疾駆して行った。

そしてトキオはトンネル前で赤い車を止め
事故に巻き込まれる事を防ぎ、事故の被害を最小にするため
果敢にバイクでトンネルへ突っ込んで行きました・・・

その話を拓美が一部始終し終えた時に、麗子も
トンネル前でトキオに言われた事を思い出し、
それが時生に違いないと確信するのでした。

トキオ、トキオは空を飛ぶ。
トキオは時空を超え父、母に自分はたとえ18歳で
幕を下ろしても生んでくれてありがとう。
そして幸せでしたと言いたかったのでしょう。
それが父母に伝わったと思います。

ほんのちょっとした・・・そう、刹那に経験したことは
長く生きる事よりも濃密で輝いていたと思うのです。
親が他愛も無いちょっと一緒に過ごした時間と思っている
その時間は子に取って素晴らしい時間だったと
振り返ってみれば、そんな気がするのです。

エピローグで父拓美が時生の耳元で、
声の限りに叫びました。

「トキオ、花やしきで待ってるぞ!」

父親の叫びに心で号泣している自分がいました。
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